僕が初めてSというジャズ喫茶を訪れたのはアートブレーキ―&ジャズメッセンジャーズにテレンス・ブランチャードが入団した頃だった。

繁華街の雑居ビルの3階にあるドアを開けると目に飛び込んで来るのが5000枚のアナログレコード棚と短髪で強面のマスター、、。
奥にある畳ほどの大きさのJBL4343から流れるジャズに引き込まれ、家から車で1時間もかかるこの場所に週に1度は通うようになった。
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店が開く18時頃にドアを開けると誰もいない部屋で小曽根真等の新譜が流れており、しばらくすると煙草や牛乳等を抱えたマスターが買い物を終えて戻って来た。

20時くらいまでは常連のおじさんたちの世界。ビールやウィスキーを飲みながらコルトレーンやエバンスの話をしているのを学生の僕は黙って聞いていた。

当時は写真のようなシングルモルトのスコッチなど置いてなく、銘柄不明のすぐに頭が痛くなりそうなウィスキーか、小さな細い瓶に入ったビールくらいしかなかったけど、誰も文句を言わずに飲んでいた。(僕はもっぱら作り置きのあまり美味しくないコーヒーだったけど)

20時を過ぎたあたりから宴会の一次会を終えたほろ酔いの男女がやって来て店が騒々しくなる。その頃に常連や僕は退散した。

寡黙なマスターとはあまり話をしなかったけど、たまに夜遅くに訪れた時に閉店時間も忘れて大人の世界についていろいろ教えてもらった。


この店の常連で5つくらい年上の電力会社の技術者であるIさんと意気投合したのは、僕の卒業が間近に迫ったころだった。
彼は凄くきれいな友人の女性を紹介してくれて、よく三人でたわいもない話をした。
僕は次第に気さくなその女性に惹かれて行ったが、ある日彼女からIさんと結婚することを打ち明けられた。そしてショックでおめでとうと言えない僕に対して2人から地元のアーチストのサイン入りアルバムを卒業祝いとしてプレゼントしてくれた。
アルバムタイトルは♪オール・ザ・シングス・ユー・アー。キミのことはずっと忘れないからね。と2人に言われたとき涙がこぼれた。

しばらくするとマスターから卒業祝いとしてアルバムを2枚頂いた。
一枚はカーメン・マクレーの2枚組試供品。もう一つがブルーノート・オール・スターズのこれまた試供品。販売されていない貴重なレコードをもらえるなんて思ってもみなかったので感激し、ジャケットがボロボロになるまで聴き続けた。

卒業後は大学に用事があった時に2度ほど店を訪れたが、その後は米国に住み始めたこともあってずっと行っていない。

そして今度、25年ぶりにその店に行ってみようと思っている。